定年後に再雇用されたトラック運転手が、職務内容が変わらないのに賃金を約3割引き下げられたのは違法だとして訴えた事件で、東京地裁は5月13日に労働契約法20条の適用を認め「同じ職務内容での賃金格差は不合理」として差額の支払いなどを命じました。会社は控訴したとのことで最終結論が出されたわけではありませんが、今後同様の訴訟が続く可能性はあると考えられます。
本件担当の佐々木裁判長は、昨年1月にも大手タクシー会社の歩合給制度関連の訴訟事件で、賃金総額が時間外労働の長短に拘らず決定される仕組みは違法である、とされるなど話題性のある判断を下しています。今回の判決も常識的な判断だと考えるのですが、画期的な判決だといえるでしょう。
再雇用者の賃金実態
2013年施行の改正高齢法は、急速な長寿化に対応するため、希望者全員の65歳までの再雇用等を義務化しましたが、労働条件については企業の任意に委ねることとし、特に条件を付していません。
高齢者雇用による人件費圧力から若者の就業が進まない事態を避けたい、家計維持のための非正規雇用を圧縮し正規化を進めたい等々諸方面から捉え、落ち着くところへ収束するとの狙いが背景にあるように思えます。
結果、多くの企業では1年単位の再雇用制度を採用し、労働市場における賃金相場だとして、50%~80%の水準で雇用しています。
大企業などでは定年前の賃金水準が高いことから50%未満というところも多い実態があります。
※再雇用制度適用者の労働条件の変化
区分 |
取扱い・処遇 |
割合 |
区分 |
取扱い・処遇 |
割合 |
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所定 労働 時間 |
定年時と同じ 定年時と比べ短縮 個別に協議 |
72.1 9.3 18.6 |
昇給 (定昇) |
現役と同基準 現役より低い基準 昇給しない 個別に協議 |
0 6.8 85.9 7.3 |
|
賞与 |
現役と同基準 現役より低い基準 支給しない 個別に協議 |
2.4 56.8 24.8 16.0 |
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時間 単価 |
定年時と同じ 定年時の50%未満 〃50%~80%未満 〃80%~100%未満 個別に協議 |
0 32.0 49.8 1.0 17.2 |
||||
退職金 |
定年後は前と切離し 支給しない 個別に協議 |
21.0 75.1 3.3 |
中労委『退職金、年金及び定年制事情調査』《13年》
再雇用条件に関しての十分な検討と従業員への納得のいく説明がなければ、今後も訴訟等紛争は続くでしょう。また、高齢者の不平不満により、せっかく習熟性と勤勉性という高い労働力を有する高齢者を雇用しても、高パフォーマンスの期待は望めないのではないでしょうか。
1年単位の契約更新による再雇用者は、分類上非正規労働者とされます。高齢非正規労働者比率の急拡大から、高年齢者雇用アドバイザーとして企業訪問し、各企業の高齢者雇用に向けた取組みを聴き、またアドバイスさせていただいている私には、今回の判決はいずれありうることと見ていました。
条件説明の重要性と現状
私は、民間企業退職後、社労士として労働局で均衡待遇正社員化推進プランナーとして2008年の改正パート法の周知と適用促進のため2年半勤め、更に、機構のアドバイザーとしては4年目となりましたが、この間、都合、延べ約500の事業所を訪問させていただきました。
パート法でも職務の内容(業務の内容と責任の程度)、人材活用の仕組みや運用 (人事異動の有無及び範囲)の差異などを要件に合理性の判断を行い、通常労働者との均衡のとれた待遇の確保を求めています。
某地方スーパー訪問時、社員とパート労働者(フルタイム勤務の時給支払い方式による有期契約者)との賃金に格差があることを確認し、「なぜ格差があるのですか。仕事はどう違うのですか。」との私のいじわるな問いに、「え!」と驚かれ、しばらくして「同じですね。」との返答があった。
「本当に仕事が同じなのですか。では格差があることの説明が困難ですね。・・・ところで、お客様からのクレームの処理対応は? 商品発注の責任権限は?」等々を聞いていくと社員とパート労働者に職務内容等の違いがあることに応対者が改めて認識されるという塩梅でした。
また、現役以上のノウハウを有し効率的に働くのになぜ減額か、と定年退職後パート契約となった従業員から異議を持ち込まれ、労働組合を巻き込んだ紛争となって相談に来られた某社の例もありました。
本当に職務の内容に差はないのですか? パート従業員も欠員補充要員として緊急呼出しの対象者リストに入れているのですか? 残業はどうですか? 年休行使の本人の自由度は? 等聞いているうちに職務責任などで差があるなと、説明の緒が見つかったと喜んでいただけました。
機構アドバイザー活動においても、同様のケースに多く出会います。
賃金格差については、現役時代と比較して、例えば、職務内容、職務責任、就業自由度の3つの面でそれぞれに差異を数値化できないでしょうか、とアドバイスするように心がけています。
各企業の賃金制度を見ると、定年前と全く異ならないとする企業、一旦減額するとその額を数年間固定する企業、最初は減額幅を抑え、毎年一定率の減額を行う企業等々種々のパターンがあります。
どのような考え方でそういう形態をとっているのか等につき該当する従業員に十分な説明が不足していると、今回の裁判例のようなことも起こると考えます。
時間をかけて職務内容・処遇の説明を
もっとも、現在採用されている制度が不合理であれば、説明以前の問題です。高齢者をどう処遇するかといった制度の考え方も、つまるところ企業全体の人事賃金制度の在り方の延長にあるものといえます。今回の判決を踏まえ、早速、定年の見直し、賃金カーブの修正、職務給制度の導入検討などに着手する企業も出始めると思われます。
今回の裁判例でいえば、同じく“個室”業務といえるタクシー運転手の賃金については、若手から70歳超のドライバーまで、時給換算額を同一として賃金を定めているタクシー会社が大半です。今回の被告である運送会社は大手企業の物流部門から長期に業務を請負っているようで、長期勤続社員の賃金に生活給の要素が含まれた制度になっていたのではないかと推測されます(判決文全体を見ないと何とも言えませんが。)。
なお、定年後も賃下げする企業ばかりではありません。定期昇給ありとする企業も、少ないが存在します。
いずれにせよ、複数の人を雇うと必ずと言ってよいほど、処遇に格差が生じます。全員が同額であっても逆に、仕事の量・質、責任度が違うのになぜ同条件なのか、といった不満も出てきます。その格差の発生原因、同条件なら同条件でよいとする理屈を言語表現として整理しておくことがますます重要になっているのでしょう。「世間水準に拠った」、とだけではすまない時期に来ているといえます。
再雇用契約について一言
今回の裁判例に関連して、再雇用契約について一言。
訪問先企業でもよく話すのですが、再雇用契約も雇用契約であり、労働者は契約に当たって、自分はこの会社にどう貢献できるか、どれだけのことができるか等自分のアピールポイントを熱く語り、会社も改めてその貢献期待を確認して遂行してもらう業務の内容、賃金等労働条件を提示するという手続きが必要ではないでしょうか。
普段接しているためこの手続きが省略されることが多いようです。
といって、定年、再雇用するというその時点にこのことを確認し合っていては、時にはけんかになるといったこともあり得るでしょう。
事前に十分な時間をとり、労働者側にも再雇用時に提供できる労務の質・量について自らを省みて確認してもらい、会社においても何を期待しているか、どのような仕事を提供できるかを早めに伝える、そういう機会を持ちたいものです。
(老後資金等定年前の生活に関するアドバイスなどとともに、)従業員にそのような気付きを促すため集合研修なども有効だといえます。
以上